誘蛾灯の囁き

アート音痴・芸術素人が好き勝手やってます。

『イヴサンローラン』(2014)映画感想

 

この作品は、イヴサンローランが残した華やかで美しいファッションについて描かれた作品ではない。
もちろん随所にそれが散りばめられてはいるし、そうした部分も楽しめるだろうが、メインではない。
この作品は『ファッションデザイナーとして様々な作品を生み出したイヴサンローランとは、一体どういう人間であったか』を説明するための映画だと思う。

 

これは表現や描写のすべてに、一切の無駄がない映画だと思った。
ひとりの人間の生涯を、二時間そこらでまとめあげなければならない作品の性質上、詰め込まざる得ない部分はあるのだけれども。


『彼はどんな人であったか?』それを説明するために必要な描写が無駄なく詰め込まれ、とても美しくまとめられているのである。
そういう意味でも私はとても好みの作品だった。

 

そして何と言ってもこの作品は、主演俳優の演技と音楽が素晴らしい。
それだけでも見る価値のある映画だ。

特に主演俳優の演技力の高さを私は絶賛したい。

特徴的かつ個性的な顔立ち故に、ハリウッドヒーロー的ポジションにつくことは難しいと思うが、どうか長く活躍してほしい期待の演技派俳優である。

観客を圧倒的な演技で魅せて強烈に印象づける。そんな俳優だと、私は思った。

最優秀男優賞を取ったのは納得である。

 

《以下、ネタバレを含みます》

前半の、神経質で繊細なイヴを表現する仕草や挙動、イヴの抱えている内面の苦悩、隠したり抑えることのできない恋慕や怒りや嫉妬などの心の動き。
後半の、失われた青春を取り戻すかのように酒と男とドラックで豪遊するイヴの堕落。その裏にある、それでも満たされることない虚しさ。カールラガーフェルドの愛人ジョージとの愛欲。仕事の面でも精神的な面でも支えてくれた生涯の伴侶であるピエールとの関係。
そんな中でも彼はファッションの最前線に立ち続け、制作と発表を続ける。

ピエールの「君が幸せなのは春と秋のふたつだけ」と言う言葉の通り、『ファッションで表現すること』
それは彼の生きる行為、生きる意味そのものであったのだ。
これらを、見ているものに分からせる彼の演技力には感嘆するばかり。

また、イヴのパートナーであるピエール役(ギヨーム・ガリエンヌ)の演技力も負けじ劣らず素晴らしい。
スクリーンでは主役であるイヴの表情や仕草が目立つが、ガリエンヌの演技は、言葉で語らず『目』で語るのだ。
イヴに出会ったばかりの頃の高慢で挑発的な目、イヴへ送る愛しさを込めた視線、ヴィクトワールへの嫉妬の眼差し、尽くし続けてきたイヴに裏切られ八つ当たりをされた時の失望、虚しさ、悲しみを湛えた目。
目立ちこそしないものの、この映画をより引き立てる名脇役だと思う。

特徴的かつ個性的な顔立ちなゆえに、主演をはりがちなハリウッド的ヒーローポジションにつくことは難しいと思うが、どうか長く活躍して欲しい期待の演技派俳優である。 観客を圧倒的な演技で魅せて強烈に印象づける、そんな俳優。

ディオールというメゾンの片腕を担い、自らのブランドを立ち上げ多大な責任に押しつぶされそうになりながら働き詰めだった、青く繊細で神経質なイヴの青年期は終わりを告げる。
ヴォンテーヌとの別れがその象徴である。
また、ここまでで使われたBGMの音楽は全てジャズやピアノであったが、ニュールックで成功を掴みとってから
移り変わりも分かり易い。
ここから成功を掴み、名声を得てゆく

ある程度大人になれば、両方の立場、その気持ち、言動が理解できるだろう。だからこそ痛いほど切ないのだ。

 

イヴのように。
精神的に深く繋がり、生涯を共に歩む人が出来ても、それが一生揺るがないものでもあっても、誰かを愛してしまうこともある。別の誰かを愛していても、心から繋がっているパートナーは変わらないのにも関わらず。

 

またピエールのように。

生涯を捧げて支え続けて、愛し続けてきた。彼そのものと、彼のその才能を。報われないつらさ、そして人の想いを変えることはできない虚しさ。
彼は内側に巣食う怒りを、めったに、大声に出して怒鳴り散らしたりはしない。

 

ジョージを愛している。でも生涯の男は君だ」

そのイヴの言葉がどれほど彼を傷つけただろう?そして救いにもなり、絶望にもなるだろう。

『ファッションデザイナー』のイヴを支えようとすればするほど、
周囲からは大金を掴んだヒモだと陰口を叩かれ、イヴと近しい人からは彼の自由を奪い縛り付けていると謗られる。

 

なんと悲しい、いや、哀しい、素晴らしき映画だ。